千年文字「かな」入門     (20170407)

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          参考書:吉田豊『江戸かな古文書入門』柏書房1995
          吉田豊『大奥激震録』柏書房2000
吉田豊『寺子屋式古文書手習い』柏書房1998

平安時代の文化の紹介では、優美な「かな連綿」が、写真で紹介されることが多い。

高野切(こうやぎれ)・11世紀
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%87%8E%E5%88%87#/media/File:Koyagire_1stVolume_fragment.jpg

子供でも、これは「かな」だ、と思うだろう。
しかし、なぜ読めない文字だらけなのか、それを説明してくれる人はいない。

  江戸時代以前の複雑多岐な「変体仮名」表記法は、明治時代に「現代かな表記」に変わった。

  おそらくは、江戸時代の木版手刷り印刷法から、西洋式の活字印刷に移る、
  その過程で、簡略化・固定化が進んだのである。

  それをさらに後押ししたのが、明治33(1900)年の小学校令である。
  学校で、「現代かな表記」しか教えないことにしたからである。

  それまで民間出版で、部分的にはまちまちに使われていた「かな」の活字体が、
  さらに「現代かな表記」に固定された瞬間だった。

  この時に使われなくなった「かな」を、全部ひっくるめて「変体仮名(へんたいがな)」
  と呼ぶことにした。

つまり、平安時代の「かな連綿」には、「変体仮名」がたくさん使われているので、
「読めない」のである。

江戸時代になると、社会の安定と共に、身近な素材である木を彫って刷った木版印刷物が、
たくさん出回るようになった。

身近な筆記具である「筆」で文字を書き、それが読める必要があったことから、
筆文字を木版で印刷することが行なわれた。

多くの人にとって、移動も移動手段も限られ、通信手段もほとんどない時代には、
離れた所にいる人に連絡することは、非常に重要な問題だった。

(想像してみよう。自分は家で仕事がある。3キロ離れた所にいる人に連絡したい。しかし電話もなければ車もない。
だが、手紙を人に託すなら、歩くか走るか、馬を飛ばすかして、連絡は可能である。)

そこで庶民の間でも、余裕のある層では、文字学習が盛んに行なわれた。

江戸時代の初等教育の場であった寺子屋では、
「往来物」と呼ばれる教科書が使われた。

「手紙のやり取り(往来)の模範文」を集めたものが主流だったが、
それ以外の物も含めて「往来物」と呼ばれ、7000種類もが確認されている。

江戸時代に普通に使われていながら、明治時代に消えた「変体仮名」は非常に多い。

例えば吉田豊『江戸かな古文書入門』柏書房1995の、p5を見てみよう。   (拡大はクリック)

これは、東海道五十三次の駅名を挙げながら名所紹介をした、木版印刷物である。(1847年刊)
漢字かな混じり文と、「現代読み」と、を並べると、以下のようになる。

<漢字かな交じり文>
      東海道名所往来。
      夫 諸州に冠たる御江戸の繁栄ハ、
      海内無双の大都会にして、
      先 日本橋ハ、
      長サ四十三間 丸高欄造 唐銅の

<現代の読み方(現代表記)>
      とうかいどう めいしょおうらい。
      それ しょしゅうに かんたる おえどのはんえい は、
      かいだいぶそうの だいとかい にして、
      まず にほんばし は、
      ながさ 四十三けん まるこうらんづくり からかねの

しかし実際の振り仮名は、こういう現代表記ではない。以下のような書き方なのだ。

<江戸時代の表記を現代かなで表記したもの>
      とうかいたう めいしょわうらい。
      それ しょしうに くハんたる おえどのはんゑいハ、
      かいたいぶさうの たいとくわい にして、
      まづ にほんばしハ、
      ながサ 四十三けん まるかうらんづくり からかねの

実物には句読点はない。濁点が落ちるのは普通、カタカナが適当に混じるのも普通。そして

「お」が「わ」に、「しゅう」が「しう」に、「かん」が「くハん」に、
「ぶそう」が「ぶさう」に、「とかい」が「とくわい」に、

「まず」が「まづ」に、「はんえい」が「はんゑい」に、「こうらん」が「かうらん」に。

こういう書き方に納得した上で、振り仮名に使われている変体仮名を見てみよう。

   とう「か」い「た」う めいしょ「わ」うらい。
   そ「れ」 しょ「し」うに くハん「た」る おえど「の」「は」ん「ゑ」いハ、
  「か」い「た」いぶさうの 「た」いとく「わ」い 「に」して、
   まづ に「ほ」ん「ば」しハ、
   な「が」サ 四十三「け」ん まる「か」うらんづくり 「か」ら「か」「ね」の

「か」「た」「わ」「れ」「し」「の」「は」「ゑ」「に」「ほ」「け」「ね」、
以上、12文字が変体仮名である。(ゑは戦後の古典にも出てきたが)

この短文にしてこれだけの、読めない「かな」が混じるのだから、
江戸時代の人が読みこなしていた、振り仮名付き文章が「現代人に読めない」のは無理もない。

            〔 往来物:画像検索可 〕

ともあれ、「木版印刷物の振り仮名程度」が読めるようになりたい、という場合。

別の言い方をすれば、この上記の12文字がわかるようになれば、入門第一歩は果たした、
という言い方もできると思うのである。

「か」
現代かな「か」は、漢字「加」を崩して書いた字が元になっている。
しかしこの往来物の「か」は、漢字「可」を崩した字が元になっている。

その崩し文字の様々な変容は、『江戸かな』ではp161、
『大奥激震』では表紙内側の一覧表、で見ることができる。

覚えやすいのは、『大奥激震』シリーズの表紙内側の一覧表だろう。
変体仮名の元の字は、漢字の崩し字だ、というのを、はっきり認識することができる。

『大奥激震』シリーズの表紙内側の一覧表を参照しながら変体仮名を覚えると、
同時に最低でも、この変体仮名の元の字の、漢字の草書体をも勉強することになる。
だから、ここから入門すると便利だと思う。

  *かな連綿では、「る」の上の横棒は消えることが多い。

*歴史学で読むような江戸時代の社会状況に関する「くずし字・候文」文献例、
つまり実用文の文例がたくさん載っている入門書は、
寺田豊『寺子屋式古文書手習い』柏書房1998。

この本では、「かな」についても、「かな」固定化までの、過渡期の変体仮名混じりの文章を知ることができる。
1889(明治21年)の三井呉服店の広告、1882(明治15)年の小学読本、などである。

但し、これは変体仮名学習用に選ばれたものであり、変体仮名が多用されたものかもしれない。
なぜなら私は、近くの郷土資料館で、1873(明治6)年刊の「現代かな」書籍を確認しているからである。


***
江戸時代の文章を読む限り、「現代かな」の文字群を読むことはない。
必ず、変体仮名が混じっているのだ。

ではなぜ、こんなにも振り仮名で使われなかった「かな」群が、
「現代かな」として華々しく登場するのか。

「現代かな」つまり「いろは48文字」という言い方があって、
寺子屋での書き取りに使われた、と、よく言われる。

しかし、上に見るように、誰でも読めるようにと振られた木版印刷物の振り仮名では、
「現代かな」とは別の種類の文字を多用していた。

これは、現存する江戸時代の木版印刷物、あるいは手書き仮名混じり文を見れば、
一目瞭然である。読めないのだ。

大図書館に行くと、石川松太郎監修『往来物大系』大空社(百巻)というシリーズがある。
これをあちこち見て察するに、
明治期印刷物に足並みを揃えて出てくる一連の「現代かな」は、順番を表す「いろは」
「いろは」順の字引き・辞典の見出しの頭に出てくる文字群、カルタの隅の一文字群である。
(新しい本では、今野真二著『図説日本の文字』河出書房新社2017年が参考になる。20180203追記)

つまり、振り仮名よりもさらに「多くの人に読めるはず」だった文字群があって、
それが「現代かな」になるのだ。

しかし、実際の手書き手紙や文章で「現代かな」の文字群ばかりで書いたものは、
私は見たことがない。単語表示ならあるが。

つまり、ちょっと教養を見せつつ書く「手紙」(ふみ)、
江戸時代に新聞の役割を果たした瓦版程度の仮名混じり文となると、

木版印刷物の振り仮名程度は読み書きできないといけない、という要請があったようである。

では「現代かな」は一体どうなっていたのだろう。
そう思ってあちこち検索していると、ありました。

発掘土器に書かれた国内最古の「いろは歌」・12世紀

やはり、最初に習うのが「現代かな」に近いものらしい。
余りにも初歩なので、 歴史学で読む文献ではお目にかからない?

つまり、子供の使い走りに持たせる「書付」などに使われて、
その後は、価値を認められることなく、捨てられた、くらいのところだろうか。

子供の書道の貴重な例として、少し似たようなものが、残されているケースもあるようだ。
寺田豊『寺子屋式古文書手習い』p148「少年の筆跡」

しかしこれも、変体仮名や独特の漢字表現が入り混じって、読めないのである。

明治初期に、活字印刷の都合や、漢風否定・和風尊重、洋式に近い一音一文字の流れの中で出てきた「現代かな」活字の文章は、
江戸時代の文章に慣れ親しんできた人々には、少々たじろぐような感じを覚えるものだったに違いない。

「うわっ、子供の字ばかり、ぎっしり並んでる!」

しかしそれは、文明開化の声も高く、やってきた新しい時代の息吹を感じさせるものでもあっただろう。

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