疑問符だらけ  (20180505UP)

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今井著『歴史学研究法』初出1935年を、吉見義明氏と渡辺春己氏が、
知って話題にしながら、周囲の左派論客にもらさなかった(1997年)
のはわかるけど、

それからどこでどうして、絶版という経過をたどって、要望しても却下、
という事態になったのか。

(第一、渡辺氏はどこで知ったのか。
東大史学入学後に日本史中世を勉強したという藤原彰氏から聞いたのか、
それともたまたま図書館や本屋で見たのか?)

私が絶版を知ったのは、多分2000年を過ぎてからで、それ以前ではないと思う。
そのころまでは、多分、本屋には並んでいたと思うのだ。

だから、他の方法論の本にはなくても、そんなに気にしなかった。


(例えば弓削達『歴史学入門』1986。同じ東大出版である。

 今井「6、沈黙が一種の虚偽であることもある 」
http://tikyuudaigaku.web.fc2.com/tikyuu.siryouhihann.html
   (私が「古墳時代と天皇家」で使っている論法)

を、「沈黙による証明」P243と題して、その周辺事情をいろいろ語っている。
しかしそこでは、今井の言う「虚偽」ではなくて、「証明」という、
全く逆の切り口から説明を始めて、いる。

<<「あることを当然知ることのできる立場にある人」が
そのことを記していない、ということは、
「その人はそのことを知らなかった」ということを示している。

その人がそのことを知らなかったということは、そのことは存在しなかった、
事実ではなかったことになる。

これが普通に言う「沈黙の証明」である。>>

**これを古墳時代と天皇家の関係に当てはめると、**
**記紀(古事記・日本書紀)に「前方後円墳5200基」を書いてない、**
**ということは、記紀の作者はそれを知らなかった、ということであり、**

**作者がそれを知らなかったということは**
**「前方後円墳5200基」は存在しなかった**
**ということになる。**

**とまあ、無理な展開になる。しかしかつては、**
**記紀に書いてないことは歴史ではない、文献のないものは歴史ではない、**
**という説明になりがち、なのが普通であった。**

弓削著では、そこから「知っていることを書くと本人の不利益になる場合は、
人はそのことを書かない」、という説明になる。
つまり今井「沈黙の虚偽」である。

**記紀の作者は、「前方後円墳5200基」を書くと不利益になる、**
**から書かなかったのだろうか。そこのところも、何も材料がないからには、**
**どう考えるべきかは、まだまだ議論が必要だろう。(もう普通の日常感覚にするべし)**

しかし今井著の話はしない。完全に自分の専門分野での、
常識と言わんばかりの展開になっている。が、この説明がまた、
何を指しているのか不分明な哲学的な用語?の頻出、そして
ローマ時代が例なので、わかりにくい。

今井著と明示して説明する林健太郎『史学概論』(初版昭和28・1953年)や
斉藤孝『歴史と歴史学』1975年とは大違いである。)

次々にいろいろな史学概論・方法論の本が出ていたけれども、どれも、ますます
私とは方向違いに向かって行く。
そしてそれに従って、私は自分の存在意義を、ますます重要に考えたのである。

東大出版で(多分電話で確認したのだ)絶版と聞いたのは2000年を過ぎてからである。
おかしい、出版してほしい、と言ってみたと思うけど、私が何を言っているのか、
相手にはわからなかったんだろう。

それ以後、今井著をサイトUPしてからも運動してみたけれど、
こういう種類の本の出版というのは、出版側の関係者ではなくて、
権威者の意向が強いのか何なのか、とにかく相手にされない。

左は、構造主義かマルクス主義、戦争責任論の人たち、
右は、物語論、天皇主義、

どちらも、実証なんかそこのけの大論争で、
私は私で、右翼は怖いし、日常生活者の保守層も、普段の生活の上では、
目の前の危険だった。さらに左派には反対だし、で、困惑していた。

うわべの有名先生の大論争を見ていれば、今後の出版競争を勝ち抜くには、
私のようなゴミは、捨ておくだけのことだったのだろうか。

問題は、東大出版の「上」だ。
伊藤隆氏の息のかからない近現代史研究者は、いないんじゃないか。

吉見義明氏も、伊藤隆『歴史と私』中公新書2015に出てくる。


***
今井「6、沈黙が一種の虚偽であることもある 」について、

今井の表現が慎重であるように、私も、
一直線に、「都合が悪いから」黙っていたのだ、
と判断するのは早計だと思う。

ひょっとしたら「新しい時代への方向転換のために」合意のもとに
沈黙することにしたのかもしれない。

一方的に、片方が都合が悪いと思ったということではなくて、
その他大勢も都合が悪いと思ったから、進行した事態かも知れない。

記紀の時代の政治メカニズムに、それを進行させるに足る要素があった。
だから、記録を保持する力を持たない側からは、昔日の記憶は急速に消えた、
のかもしれない。

集団的記憶というものは、その時代の巨大な運動
(モニュメントづくり・政変・革命・戦争等)に参加した人々の脳には
刻み込まれているけれども、
それはそのままでは、次の世代には伝わらない。

情報は、保持拡散システムがなければ、次の世代には、集団的記憶などには、なりようがないのである。

そして、その保持拡散システムの情報内容が適正どうかは、誰も保障しない。
今回のように、長期に渡る入り組んだニセ情報工作が行なわれる可能性は、なくなることはない。

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