マイメモ:秦郁彦『実証史学への道』中央公論新社2018.7 (20190222)
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タイトルが何とも言えない。
『南京事件』中公新書で、氏が二人の元兵士から預かった、
虐殺証言日記の一つは、贋作だった。
『昭和天皇独白録』も贋作だった。
『富田メモ』もおそらく贋作である。
上記いずれも、氏の関与の度合いは極めて濃厚である。
1932(昭和7)年生。12歳の時に終戦。
氏の連合国との接点は、中学2年の夏休み、
防府旧陸軍飛行場に進駐してきた、
オーストラリア軍飛行隊の気象班でやった、雑用のアルバイト。
大尉から、英会話と天気図の書き方を習ったそうだ。
1951年、東大教養学部文科1類入学。丸山眞男に傾倒。
法学部進学前に1年休学して、A級戦犯を含む軍人たちのヒアリングに没頭。
・・・何のあてもないなら、こういうことはやれない。
ここで空想がひろがる。
秦氏は、連合軍関係者との接触が続いていて、
ニセ情報工作に協力すると約した戦犯たちに、聞きに回る役をする、
秘密裏に将来を約束された若者だった。
と、こういうことだったのではあるまいか。空想、空想。
***
本の後半の「旧陸海軍指導者たちの証言」で気になる点。
1953(昭和28)年から54年にかけての、巣鴨プリズンで服役中のA級戦犯たちへの、ヒアリングだと言う。
質疑はすべてペンの要約筆記。
(ペンというのが、また気になる。南京事件元兵士日記を思い出す。
速記って、ペンでやるのだろうか。あんな書きにくいものはないと、個人的には思う。)
証言者34人を選んで復元。
花谷正:59歳
(59歳の元陸軍中将が、21歳の無位無官無名の学生、秦郁彦に、
国家の立場に関わるような秘密や、関係者の実名を、
ぺらぺらしゃべった、というのだ。
私が59歳の花谷なら、21歳の秦に、「あなたは何者ですか。
何の権限で、わたしに告白してくださいと頼むのですか?」と聞くだろう。)