マイメモ:吉村昭『三陸海岸大津波』      20190421

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大川小学校に関するネット記事を読みながらこの本を読んでいると、
頭の中の大混乱が収まらない。

昔この本を見たときは、内容が異常すぎて頭が受け付けず。
(そんな感じだった。関東大震災の方が身に迫る感じだった。)

東北?私には関係ない、って感じで、
関東以北は考えないことにしてしまった感がある。

奥尻は、神奈川に来てからの事で、いくらか記憶に新しく、
孤立した島の話は、僻地?の郷里に通じるところがあって、
気にはしていた。

東北については、消されていた関心が、震災で蘇ったところ。
しかしこの本の内容は、やっぱりすごい。

大震災の動画さながらの吉村氏の描写に、見てもいないのに、
地元の人の話を元に、こんな描写ができるのかしら、と驚いてしまう。

それで、世界の津波の例を交えながらの、三陸海岸大津波の、
1896年、1933年、1960年の話を読むと、
今回震災での釜谷地区の方たちの呑気な様子が、信じられないのだ。

吉村著でも、古い時代の呑気な人たちの話が、何度も出てくる。
みんな「大丈夫だ」と言うのだ。

しかし吉村氏が捉えているように、地球規模の大異変は、
「大丈夫」というようなことには、ならない。

あの震災以降、災害予想は、格段に悪化方向へと向かった。
最悪事態を予想しておかなくては、という社会要請もあると思う。

逆に言うなら、それ以前は、最悪事態を予想しない、
という社会要請もあったのではないか、と感じるのだ。

専門家の判断と言っても、随分適当だなあ、
と思うことがしばしばある。
専門家も社会的中立なんてことはあり得ないのだ。

関西空港の沈下問題。原発のメルトダウン問題。その他。

専門家の周囲に、ああしろこうしろと、
他からの圧力が高まってくるので、専門家も、
甘い査定をしないといけない、ような気がするのではないかと思える。

そんな気がすることも多いので、みんなが大丈夫だと思っている時の、
社会的圧力?を跳ね返すには、正確な情報が必要なのだろう。

津波が来るかどうか全くわからないのに、裸足で脱兎の如く逃げ出して、
後で何もなかったら、恥ずかしい。

だから奥尻でも、黙って一目散に避難した人もいる。

それくらいだから、津波だ、なんて大声で言う人がいたら、
それはもう、実際に目で見て、津波が迫っている、ということなのだ。

いや、「避難せよ」という言葉が良くないのかもしれない。

   「すぐに高台に移動してください。
   高台から、まわりを確認してください」
と言えばいいかもしれない?

大川小学校でも、誰かが裏山に登って、川方向を見張っていたら、
こんなことにはならなかったのではないだろうか。

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