マイメモ:吉見義明『従軍慰安婦』岩波新書1995
(20190519)
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吉見氏は1991年3月まで、2年間アメリカに留学していたそうだ。(p4)
しかし留学前に、日本軍が軍慰安所設置を指示した公文書を、
防衛庁防衛研究所図書館 (防衛研究所史料閲覧室?)
で確認していた。(p5)
1991年12月、元慰安婦が東京地裁に提訴し、その発言を聞いて、
吉見氏はあらためて
同図書館(防衛庁防衛研究所図書館)
に通い、関連文書を探し、隠滅を免れた6点の証拠を発見し、
朝日新聞に発表することができた。
この資料の来歴:
敗戦直前、空襲を避けるために八王子の地下倉庫に避難させておいたため、
連合軍到着までに焼却が間に合わなかった、1942(昭和17)年までの資料群。
連合国軍に接収されて、アメリカに渡り、のちに返還されて
防衛庁防衛研究所図書館
に保存されていた。
この資料群の中に慰安婦関係の資料があるとはだれも思わなかったために、
見過ごされていた。
吉見氏は、政府の第一次史料調査の結果をもとりこんだ資料集を
92年末に刊行した。
(吉見義明編『従軍慰安婦資料集』
以下『資料集』と略し、資料ナンバーを注記する)
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ここまでで十分、問題が明らかになる。
多分、2018年NNNドキュメント「南京事件2」冒頭で出てきた、インチキ市ヶ谷台史料を保管し、
解説PDFをUPしている部署だろうと思う。(「市ヶ谷台史料」で検索可)
(2018年NNNドキュメント「南京事件2」冒頭に、
終戦直後の焼却文書が発掘された、として、
そこで燃やした跡の写真が出てくるのです。私はユーチューブで確認しました。)
そのインチキ部署が、日本全国大空襲・原爆投下をやった戦勝国アメリカ、
から返還された文書を保管していた。
アメリカ経由で戻ってきた文書の、真贋を検討しないで作成したのが、
吉見義明編『従軍慰安婦資料集』、という訳だ。
http://hiyori.yamanoha.com/kennkyuusyatatigasupaideha.html
私の上記ページに、以下のような文がある。
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また、戦闘詳報などの公文書は、米軍押収後に、マイクロフィルムで返還されたものが
数多くあるようです。
(歴史科学協議会編『歴史科学入門』三省堂1986年、p186藤原彰筆)
どれがマイクロフィルムなのか、私が見た限りでは特定しないようです。
しかし、史料が本物かどうかを確かめる、という、第一歩の作業手順からしたら、
旧敵国からの返還物の利用には、細心の注意が必要であることは、言うまでもないことです。
ここでも基本を無視しているのは問題です。
(内容に疑問があるのに、実物で紙質などを確認できない、マイクロフィルムかもしれない、
というのは、いかにも馬鹿にされているようです)
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返還されて、防衛庁図書館で見ることができた文書というのは、
マイクロフィルムの部類なのか、それとも紙の文書の部類なのか。
いずれにしても、吉見義明氏の1935年今井登志喜「真贋検討法」「虚偽例」を隠蔽した行為といい、
防衛庁防衛研究所の、燃やして作ったインチキ市ヶ谷台史料といい、
信頼性は、限りなく落ちる。