女性の日記から学ぶ会 御中  (20190529送信)

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突然失礼致します。戦時中・日記 関連で検索していて、
こちらの会のサイトを見つけました。

戦時中の筆記文字の実例を、たくさん見ている方々がおられる所、
だと思いました。それでこのメールを出してみよう、と思いました。

日常の暮らしをテーマにしておられるので、私が気にしていることは、
おそらく敬遠されるであろう、とは思います。

しかし、筆記文字に接している方々、というのが、
そう多くはないのです。
是非、私のメール内容をも、検討して頂きたいと思います。

周知をお願いしているのは、
(1)贋作・手書き『昭和天皇独白録』原本の件です。

『昭和天皇独白録』は側近の寺崎英成氏が書いた、とされています。

私は自分のホームページで、寺崎英成氏が手書きした「日記」画像と、
 手書き『昭和天皇独白録』画像を並べました。

この二つは、全くの別人によって書かれたものであることが、
 一目でわかると思います。

「比較:昭和天皇独白録と寺崎日記」
http://tikyuudaigaku.web.fc2.com/190509kanteidokuhakuroku.html


(2)秦郁彦『南京事件ー「虐殺」の構造』1986年初版p131の、
 虐殺証言の元兵士日記は、贋作です。

これはこの本のp281によると、
 秦氏が元兵士から直接手渡されたものだそうです。

写真版:元兵士日記
http://hiyori.yamanoha.com/syasinnbanniiemataitinikki.html

私論文:南京事件元兵士日記、贋作
http://hiyori.yamanoha.com/ronnbunn.html

 1行目下に、「しまった」の変体仮名「志満っ多」
が出てきますが、文字の意味は「こころざし満つること多し」です。

  虐殺証言なのに、「めでたい」と、
  文字がほほ笑んでいるような感じなのです。

私は元来、戦中戦後に詳しいわけではないし、手書きもそれほど、
よく知っているわけではありません。

2012年に書いた上記の私論文も、平凡社刊『手紙講座』8巻
のみを頼りに、幕末から昭和までの変遷から、贋作の理由を述べています。

おかしい理由として簡単なのは、上文の、
虐殺証言なのに、「めでたい」と言っているようだ、
という「感じ」です。

しかし論文に「感じ」を書いていいものだろうか、
と思ったために、それは書いてない、
というようなことになっています。


慰安婦関連資料の原本が、ネット掲載されています。
http://www.awf.or.jp/6/document.html

公文書に類するもののようで、その書式は日常とは随分違うみたいです。

しかし、何かおかしな点はないだろうか、と思っているのですが、
いかがなものでしょうか。

私が文字について見た所、筆記の候文で、何人もの別々の文なのに、
略字でない、正字の「候」を使っているのが、気になりました。

私が注意喚起していることは、以下のページにあります。
<およその贋作資料>
http://tikyuudaigaku.web.fc2.com/190523huruya.html

こうなると、戦中は本当は、人はどのような文字で文を書いていたのか、
わけがわからなくなってきます。

出自の明らかな手書きは、民間の文章でも、
とても貴重なものだと思えます。

皆様の活動が、継続発展しますよう、お祈りいたします。

ご意見をいただければ、大変有難いです。

久武喜久代  63歳  神奈川在  suisyou2006@nifty.com
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